1月2日。
世間が『箱根駅伝』に一喜一憂し、暖かい部屋でみかんを食べている頃、電車に揺られ都内の柔術ジムに1人向かっていた。
「正月早々ですが、他のジムの人に声掛けてもよいイベントがあるので、もしご都合よければ参加しませんか?」と今回お世話になるジムの会員さんからお誘いを受けた。
実はこの人、私がいろんな人に柔術を勧め、継続している2人のうちの1人なのだ。
きっかけは、仕事で出会い「趣味は何してますか?」という雑談から話が発展し「学生時代にはラグビーをやっていて、身体を動かしたいと思っていたんですよ」と話していたので、勧めたのである。
後日「都内のジムに無料体験する予約をしました」というメールが届き、その後「何も出来なかったけど、柔術めちゃくちゃ楽しいです。そのまま入会しました。」という報告を受け、今では歴6年の立派な柔術家だ。
ここで気がついたのだが、実はもう1人の継続している人もラグビー経験者であった。
そして、何を隠そう私もラグビー経験者。
ここに浮上する仮説。
『ラグビー経験者はブラジリアン柔術に向いてる説』
現時点で100%なので、ラグビー経験者がいたら積極的に誘ってみようと決意。
さて、ジムのドアを開けると、正月にもかかわらず同類の柔術狂人たちが大勢集まっていた。
誘ってくれた人が迎え入れてくれたが、他の人たちは、どこの所属かは分からない。
いつもと変わらないのは、道着姿の柔術家たちの熱気が籠っている。
この日は、2時間コース。
10時~11時 テクニックセミナー
11時~12時 フリースパーリング
着替え終わったら開始時間まで各自ウォーミングアップ。
どんな人が参加しているのか様子を見ながら柔軟体操をしていた。
すると、以前会ったことある人や自分と同じジムメンバーも2人参加していたので、新年のご挨拶。
そんな中、ふと視界にとある人物が目に留まった。
ん? んん?
あれ? …似てるな。
ジムのど真ん中で、白い道着に黒帯を巻いた俳優の岡田准一さんが黙々とアップをしていた。
異彩を放つイケオジオーラ。
やはり一流ともなると準備運動への熱量が凄い。
観察していると決まったルーティンがあるようで、黙々とやるべきことをこなしている。
段取り8割が世の常だが、改めて準備についての重要性を目の当たりにした。
さらにもう一人。とてつもないイケオジオーラを放っている人を発見。
玉木宏さんだ。
自分と同じ紫帯を腰に巻いている。
「イクサガミ」の2人と同じジムにいる不思議な空間となった。
皆がフラットに柔術をしに来ているので、特に騒ぐ人などいないところもブラジリアン柔術の素晴らしいところ。
セミナーはエスケープテクニックで、理論を脳に刷り込み、反復練習で身体に沁み込ませた。
柔軟性や筋力もさることながら、人体の構造と身体操作が大事。
岡田さんも玉木さんも、一般の人と組んで同じように練習している。
そして、セミナー後のスパーリングが始まった。
目が合ったり声を掛けたり掛けられたりで組が決まるが、まるで社交場のような雰囲気だ。
何本かスパーリングし休憩していたら、隣に水を飲みに来た岡田准一さん。
「次、やってもらってもいいですか?」と声を掛けたら「いいっすよ」と爽やかに回答。
どんなスパーリングになるかワクワクドキドキの5分間が始まった。
最初は様子見で始まり、お互い徐々に開放していく。
自らスクランブルに持ち込み、バックポジションの取り合いに持ち込んだ。
柔術経験者でないと猫の喧嘩みたいなゴロゴロしているように映るが、やっている本人は相手との駆け引きが楽しいのである。
そんな雰囲気が伝わったのか、岡田さんも笑顔でポジションの奪い合いをしてくれて、言葉は交わしてないが楽しんでいた様子がうかがえた。
やっていくうちに、岡田さんの動きには一切力んだ感じがなく、流れるような動きに翻弄された。
自分の動きの先手を読まれているようで、段々詰んでいく。
”マット上のチェス”と言われるスポーツの所以でもある。
いつの間にか後手後手になっており、逆に柔術家岡田さんはどんどん攻めてくる。
多彩な技をかけてきて一瞬自分の左腕が逃げ遅れてしまい、その瞬間を見逃さずに自分の左腕は捉えられた。
腕十字固め。一本。
自らタップを宣言したが、岡田さんもタップするのをわかっているかのように瞬時に力を緩め、一切痛みはなく「はい、ここまでです」という静かな死の宣告のように届いた。
あまりに綺麗で、完璧な詰み。そして、見事な終わり方。
本物の黒帯であることを味わった。
残念ながら、玉木宏さんとスパーリングする機会はなかったが
後日談として、この2人は、ポルトガルで開催されたブラジリアン柔術大会に出場した。
現在、自分は紫帯。
初心者ではないし、場数もそれなりに踏んできた。
技の名前もわかるし、相手の狙いもある程度は読める。
忖度なしに“熟練者の部類”に入っていると言っても過言ではない。
白帯で入門した人を母数とすると、紫帯まで継続できるのは10%〜15%程度。
なので「自分、ちょっとできる側だな」と思える危うい地点にいる。
仕事でも、年齢でも、立場でも、気づかないうちに人は『負けない場所』を作り始める。
勝てる土俵に立ち、評価される環境を整え、負けそうな場からは静かに距離を取る。
気づけば、負ける経験そのものが減っていく。
そして「今の自分で十分」とか「自分ってすげ〜」という場所が心地よいと感じてしまう。
人間の慣れは怖い。
だから意識的に負ける場に身を置き、伸びしろを感じたいのである。
その手法として選択したのが、ブラジリアン柔術だっただけのこと。
相手は強く自分は未熟。ただそれだけ。
「あなた、まだまだですよ」と容赦なく教えてくれる。
でも、それがいい。言い訳ができないから。
言い負かしてやろうとか。絶対に謝らせてやろうとか。あの人にはかなわない。あの人に負けることはない。
そんな他人に振り回されるような次元の低い話ではない。
『負けを正面から受け取れるようになること』と『どうすれば、もう一手先に行けたか』という自分への静かな問いだけ。
黒帯はどこか落ち着いている。
強さを誇示しないし、技をひけらかさない。極めても淡々としている。
こちらが恐縮するほど謙虚で、驚くほど静かである。
「今の入り、良かったですよ」「その形、もう一歩ですね」
前向きな言葉を投げかけてくれるのは『できていないことの量』を知っているからである。
そんな刺激的で楽しい時間はあっという間に過ぎた。
解散時にジムメンバーから「知ってる人に声掛けて、お洒落な都内でランチしましょう」と昼食に誘われたが、お断りした。
理由はシンプルだ。
柔術をしたからである。
そしたら、もう1人のジムメンバーも帰ると言い出し、一緒に帰路へ。
「帰ったら何か予定あるの?」って聞くと
「特にな~い。」と回答(笑)
電車内では、2人並んで座り柔術談義をして帰ってきた。
自分の立ち位置が明確になったこと。
出来たこと、出来なかったこと。
それぞれ共有し、これからの練習方法について考えを述べる。
そして、お互いが思っていることを相手に伝える。
いつも一緒に練習しているからこそ、特徴や個性や性格などがわかり、包み隠さず話せる関係というのはとても心地が良かった。
正月からジムに集まった人たちは、世間から見れば狂人かもしれない。
でも本当に狂っているのは、何も挑戦せずに1年が始まることかもしれない。
柔術着を着て、汗をかき、何事もなかったかのように家に帰る。
今年もちゃんと“自分のペース”で始まった。
岡田准一さんに腕を極められた正月として記しておく。