去年の秋頃から、最寄り駅近くにある経済的理由で学習塾に通えない子供達が通う無料塾に、お菓子や飲み物を届けている。地元で育ち、地元で仕事に携わっている感謝の気持ちを、ほんの少しだが還元することで地域貢献に繋がるのではないかと思い活動している。
私を知っている人からすると「どうしたの??」と思われても仕方ない。
だってさ~、私自身なかなかの無頓着で無神経、無駄だと思うことはなるべく避け、寄り添い共感するような優しさは標準装備されていないと自己分析しているのよ。ひと言で表現すると”思いやりの心”が欠落しているのだ。
ということで、”思いやりの心”を育むためには行動を起こしてみないと自分自身がどのような思考や感情になるかわからないので、ボランティア活動などに無縁だったのだが、始めてみようと思い立ったのである。
活動を始める前に、前提条件として3つのポイントに絞った。
①時間もお金もなるべく最小限に抑える
②対象者をどうするか?
③継続できる内容かどうか?
①は、清掃活動のような時間的拘束があるものだとライフスタイルに合わず、金額も多額だと負担が大きい。
実際のところは、毎週水曜日の夕方過ぎに開催されている無料塾へ買い物して届けるだけなので、1週間のうち15分程度。予定があって行けない時は翌週伺う。支出は2千円を超えることはなく、自分はお酒もタバコも嗜むこともなく夜の街へ繰り出すこともないので、その資金を充てていると考えれば捻出しても問題なし。
②世の中には支援を必要としている人はいるが、自分が選んだのは可能性が無限大の未来を担う子供達。
幸いにも支援先が無料塾を実施しているので立ち位置として超脇役でOK。そして、子供達の笑顔には多額なお金は必要ない。
今では持っていくと「お菓子のおじさん」と声を掛けてくれて、袋の中身をみて「ヤッター!!」って喜んでくれる子もいる。お菓子や飲み物が目当てでも、そこに通う子供達が勉強する場に来るキッカケになれば良い。
③結果として、定期的な継続ができている
この考えを柱に、実行までの経緯を振り返る。
地域貢献活動について調べたところ、幸いにも前提条件に合った地元の組織と出会えたことが良かった。
各地域には会員制の奉仕団体が存在しており、そこに所属すれば一人の金額は少額だが集まれば多額の寄付などのメリットはある。しかし、集めたお金をどのように使うのか決議する場に行くことや手続きが面倒だし、人が集まるとだいたい食事や飲み屋に行く流れになるのでね。。。ましてや、寄付した物に寄付者として名前を入れたりするようなことは気が進まない。
自分は直接渡したい人の顔(表情)も見たいし、「良いことやってんぜ」と独りよがりの満足にならないように受け取る側の考えや思いも知りたい。
そんな思いを胸にまずは窓口担当者へメールを送ってみたところ「活動内容を見て欲しいので、一度来てみてください」と言われ見学しに行った。
無料塾とあってどのような人達が教えているのか気になっていたが、元学校の教員で引退された年配の方や現役超有名私立大学生などがボランティアとして教えに来ていた。内容的には学校で出された宿題を見てあげたり授業でわからなかったことを教えてあげるような補助的な役割を担っており、強制的に来るような場所ではなく自然と勉強するような雰囲気作りをしているように感じられた。
幼少期にどのような習慣を身につけるかは、今後の成長過程において大きな影響を及ぼすことだと思う。
「なぜこのような活動をしているのですか?」と質問したところ
不動産賃貸業や調剤薬局、”手作り弁当の販売”やカフェなど様々な事業を営んでいる法人が母体となっており、その一つの事業として地域のために、週1回の無料塾や月1回こども食堂も開催しているとのことだった。
運営費については、「皆様からの寄付や他の事業で得た利益をこちらに回してやり繰りしてます」と、企業として取り組む姿勢や背景を知ることができた。
自分のやろうとしていることはほんの些細なことであるが、この考え方にとても共感し「ご迷惑でなければ、届けてもいいですか?」と尋ねて今回の活動に繋がったのだ。
そして、見ず知らずの人から寄付されるのも怖いだろうから名刺を渡し見学を終わりにした。
実はこの活動をずっと黙って続けていこうと思っていたのだが、、、
事態が急変した。
つい先日伺った際に、窓口の人に「お母様って、お弁当を買いに来られてます?」と聞かれた。
「えっ!?」と驚き「いや~わからないです。。。聞いてみますね。」と回答し
母親に尋ねたところ「駅前の〇〇のところでしょ。たまに買ってるよ~。手作りで素材も良いし美味しいよ」と言っていた。
マジかコイツ。。。と、思ったが
母親が手作り弁当を買いに行っていることが確定した瞬間だった。
ただ一つ疑問に思うことがあった。
『なぜ自分の母親だとわかったのか??』という問題である。
まさか母親が名札を付けて無料塾へ通っているわけではないだろう。
弁当を買いに行くだけなのに、自分の名前を名乗るほどボケちゃいないだろう。
次回訪問した際に窓口の女性に
「やっぱり母親でした。。。ところでなんで私の母親ってわかったんですか?」と尋ねたところ
「え~、雰囲気も顔も似てたので”ピンッ!”ときたんですよ~。」と言っていた。
マジかコイツ。。。 コレが”女の勘”ってヤツなのかと思い…
「そ、そうですか。」と答えたところ
「言わなかった方が良かったですか~?」と聞かれ
「あ~大丈夫です。。。。めっちゃ恥ずかしいだけなんで。」
そして、後日、、、
「お弁当屋さんに聞いたわよ~。アンタそんなことしてたの~? 持ってきてもらって子供達が喜んでますよ~!って言ってたわよ」とニヤニヤしながら母親に言われた。
あ~大丈夫です。。。とは言ったものの
やっぱり言っちゃったのか~と、めちゃくちゃ恥ずかしい思いをすることになり、あっという間に親族などにバレてしまった。
なので、やむを得ずブログネタとなり公開に至ったのである。
今回の地域貢献をすることにより、いくつか気づきを得た。
地域のコミュニティと繋がる機会によって、新しい人間関係を築くことは良い刺激となった。見ず知らずの子供達と接触することはないし、子供達は思ったことを素直にそのまま言葉にしてくれる。「なんでお菓子やジュース持ってきてくれるの?」のような直球の質問とか。
普段の生活と違った行動をすることは気分転換にもなるし、大人も子供も喜ぶ姿を見ることで心が温まるような感情にもなり、少なからず”思いやりの心”はあったようだと認識した。
少し前のことだが、年末にフットサルの忘年会があり20人以上が集まった。
楽しい会は時が過ぎるのが早く、そろそろ締めかな?という雰囲気になった時のこと。
その空気を察知して、サッカーで大学進学した経歴を持つ運動量も多く上手でいつも笑顔で挨拶も元気な28歳のナイスガイがジョッキやグラス、お皿などをテキパキと片付け始め、テーブルをおしぼりで綺麗に拭いていた。それも全員が使っていたテーブル全部。
自分もやらねば、と思い手伝い始めたところ「いやいや、大丈夫です!座っててください!」と老人扱いされてしまった。 「いつもしてるの?」って聞いたら「来た時より綺麗にしよう!と小さい頃や部活などで言われていたので♬」と爽やかに答えてくれた。
食後に自分の使った食器などに全く気を遣わず食べ散らかしてそのままにする人もいる中、自分で使用した物のみならず他の人の分まで片付け、綺麗な状態になっていればお店の人も助かるだろう。
このような行動に対して心底”素晴らしいな~”と心に響いた。
彼の行動は、目先の『得』には何も繋がらないだろう。
しかし、見返りを求めない行動こそ『徳』を積むことだと気づかされた。
知恩⇒報恩による”恩の循環”を感じられる世の中を切望する。